INTERVIEW RUBEN TOMELLA × TETSHUO SHINODA
イタリア発「ガガミラノ(GaGa MILANO)」創設者のルーベン・トメッラが新たに手掛けるラグジュアリー・スマートウォッチウエア 「ハンブルリッチ(HUMBLE RICH)」。
日本での発表に合わせて来日したルーベン氏に商品への思いなどを聞いた。
文/篠田哲生
ーー2015年にアップルウォッチが発売されました。特に中価格帯以下の時計ブランドは大騒ぎで、シェアを奪われるのではないかと戦々恐々としていました。ルーベンさんはその時点で、 アップルウォッチを含めたスマートウォッチに対して、どう見ていましたか?
衝撃的でしたね。それこそ世界が一変してしまう可能性を秘めていると感じましたし、スマートウォッチによって影響を受けるブランドは少なくないだろうとは思っていました。私自身も「ガガミラノ」という時計ブランドを率いていましたから、もちろん衝撃は受けました。しかしだからと言って、スマートウォッチに対抗しようという気持ちにはならなかったです。むしろ「ガガミラノ」のオリジナリティを突き詰めようと思っただけです。
ーーちなみにルーベンさんは、スマートウォッチはお持ちですか?
2018年に子供へのプレゼントとして購入しました。自分用としては、ハンブルリッチのプロジェクトをスタートさせた2019年に、研究のために買っています。これは個人的な意見ですが、テクノロジーは素晴らしいし、とても便利ですが、デザインはちょっと疑問がありますね。とてもシンプルですし、なにせ誰もが持っているものですから。
一一誰もが持っているという状況は、空前絶後のヒット商品であるからには、逃れられないところではありますね。ちなみに、ルーベンさんの周囲のファッション好きや時計好きの方たちは、スマートウォッチに対してどう考えているのですか?
僕と一緒みたいです。テクノロジーとしては素晴らしいけど、ファッション的ではないかな。 イタリア人はオリジナリティ溢れる特徴的なデザインが好きなので、シンプル過ぎると思っている人は多いですよ。
ーーだからこそスマートウォッチを着飾るという考えが生まれたのですね。「ハンブルリッチ」の構想は2017年に生まれたと聞いたのですが、そのきっかけは何だったのでしょう?
2017年当時、「ガガミラノ」をドレスアップするために外付けのケースを作ったらどうだろうかと考えていました。実際に試作品を作ったらとても巨大になってしまったので、このアイデアは一旦保留にしました。しかし“ケースでドレスアップする”というアイデアこそが、 ハンブルリッチの物語の始まりになりました。
ーーところで 「ハンブルリッチ」というブランド名にはどう意味があるのでしょう。
HUMBLEとは“謙虚さ”、RICHとは“豊かさ”ということ。相反する意味を持つ言葉の組み合わせですね。商品自体の作り方はとてもしっかりしていて、とても豊かです。しかしギラギラしているわけではなく、謙虚さがある。それが「ハンブルリッチ」というブランド名に繋がりました。
ーーブランドのムービーを見せてもらいましたが、かなりファッション的なアプローチでした。洋服もハンブルリッチも、“中身”が入って完成するところは同じですよね。実際にファッション的なアプローチは、どれくらい意識していますか?
ミラノはファッションの街ですから、ファッション性を意識しないわけにはいきません。 普通の人であってもお洒落な服を着れば、カッコいいスタイルになるわけですが、それと同じようにシンプルなデザインのスマートウォッチも、このケースに入ればカジュアルになったりラグジュアリーになったりする。洋服を着替えるように、ハンブルリッチを着替える。中身を引き立てるものという点は、ファッションと同じ考え方かもしれませんね。
ーーまさにクオリティオブライフを広げてくれるユニークな製品ですが、 開発する上で一1番苦労し たところはどこですか?
どれが一番キツかったというわけではないのですが、三つの壁がありました。
第一が「フィッティング」。ケースを可能な限り薄くしつつ、いかにスマートウォッチをケースにフィットさせるかを考えました。 フィッティングのカギを握るのは、スマートウォッチを傷つけず、そして厚みを調整するためのラバーのインナーケースです。現在の主なケース素材はステンレススティール ですが、将来的には、ケースそのものをカーボンやアルミニウムでも製造したい。素材によっては温度によって多少伸び縮みしてしまう場合もあるので、それも見越してインナーケース式を選びました。 第二が、「ケースの構造」で、 道具を使わずに簡単にケースを開閉できるシステムを作ることでした。それこそ老若男女誰でも、簡単に開閉できる構造を考案することに時間を費やしました。蝶番の部分はかなり薄いのですが、それでもスムーズに開閉でき、なおかつ強度が高く、そしてつま先でグッと押 せば開き、押し込めば閉まる。何度も何度もテストを繰り返して、最終的にこの構造にたどり着きました。これを「プラグ&リッチ ウォッチ」と命名しましたが、爪を気にする方や女性のために、ケ ースを開けるためのピンも同梱しています。そして第三が、取り外しできる「ストラップ」で、ここはかなり自信を持っています。というのも私の時計業界でのキャリアの始まりは、父が経営していたストラップ会社でしたから。「プラグ&リッチバンド」と命名したバンドは、簡単に交換でき、カスタマイズを楽しめます。この“簡単さ”が私のこだわりですが、簡単に着脱できるのに強度も高いというにも相反する個性なので、研究には時間がかかりました。
ーー前例の無いもの、画期的なものを生み出すには、トライ&エラーを繰り返すしかないですものね。 ルーベンさんは時計業界での豊富なキャリアがありますが、その経験は生かされましたか?
幸運にも私には世界中に友人がいますから、色々な助言を得ることができました。特に素材に対する知識を深められたのは良かったですね。ハンブルリッチに使用する素材は、ステンレススティールやアルミニウム、カラーセラミックやカーボンなど、時計でも使用するような高品質の素材ばかりです。どういった特性の素材なのか、どういう加工を行えばよいのか、 工作機械はどういうタイプが最適なのかなどを考えていく上で、これまでの知識と経験が生きました。
ーー特に“ルミナスカーボン”が面白いですね。
軽くて頑強なカーボンは、自動車や航空機などに使われてきましたが、最近は時計業界でも人気素材です。だからこそ、みんなと同じ使い方はしたくなかったです。素材でもオリジナリティを出したかったのです。そこでカーボンに光る素材を混ぜてみました。こうすることでパーティーや夜遊びにも使えるプラスアルファの要素を加えることができるでしょう。
ーーしかもその多くが、リサイクル素材というのも驚きました。
地球環境の悪化に対してどう対処するべきか。それはクリエイターとして、無視できないテーマです。新しい商品を開発する際にリサイクル素材やサステ ナブルな素材を使うことは、もはや当たり前になってきている。ですからハンブルリッチを始める際にも、リサイクル素材などを使うことを初めから考えていました。私一人で地球環境を守ることはできません。しかしプロダクトにそういった素材を使えば、ユーザーと一緒に環境について考えることができるはずです。
ーースマートウォッチの市場拡大も凄まじいものがありますが、その一方で機械式時計も同じように人気がある。スマートウォッチと機械式時計は、どういう関係になっていくのでしょう。
多くの人がスマートウォッチを使っているのは事実ですし、未来に向かってどんどん進化していくのは 間違いない。しかし同様に機械式時計も、特別なものとして残り続ける。スマートウォッチと機械式時計は、どちらが優れているかを比較しあう対象ではなく、平行を保ったまま交わることなく進化していくはずです。そしてハンブルリッチは、その間をつ なぐ新しいカテゴリーでありたいと思っています。
ーーところで日本では、ファションや食など、ライフスタイル全般に関して、イタリアンカルチャーに対する憧れがあるのですが、イタリアの魅力って何ですか?
そう思っていただけるのは、とても嬉しいですね。私はイタリアを “世界で一番美しい国” だと思っています。美しい山や海があり、美食があり、ファッションや車クルマのトレンドが生まれる場所でもある。そして人々も魅力的。しかもそれらには、長い歴史があります。でもそれは、日本にも言えることですよね。私はイタリアと日本は非常に似ていると思っています。だからハンブルリッチは、まずイタリアと日本からスタートするのです。日本はテクノロジーの国ですし、最先端にあふれ、新しいものに対しても興味を持ち、それを柔軟に受け入れてくれる。そして何よりも私自身が、日本と日本文化を愛しています。
また今後の世界展開を考えると、日本市場の発信力にも期待しています。日本のトレンド感度の高さは、世界の中でも注目されていますからね。
ーーその感度の高い日本のユーザーたちには、「ハンブルリッチ」をどのように楽しんでもらいたいですか?
特にターゲットを絞ることは考えていません。皆さんに自由につけていただきたい。それこそ、好きな洋服を着るような感覚でね。さらにはスマートウォッチですから、我々が開発したアプリでのカスタマイズも楽しんでもらいたいですし、新しいデザインをどんどんリリースしていきます。それ以外にも明確なビジョンはありますが、この話をするのは少し早いかもしれないですね。今はまだシークレットとさせていただきます(笑)。
篠田哲生 TETSUO SHINODA
時計ジャーナリスト・ウォッチディレクター
時計ジャーナリスト・ウォッチディレクター
1975年千葉県出身。 編集者・ライターとしてキャリアを積む一方で、時計学校を修了し、実践的な知識と技術を学ぶ。十数年にわたってスイスやドイツなどでの時計取材を行い、 時計専門誌やファッション誌、ビジネス誌やWE Bなど幅広い媒体で時計記事を担当。また時計イベントの企画・登壇も行う。近著の「教養としての腕時計選び」(光文社新書) は、 台湾版と韓国 版も発売中。